たまりば

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2018年03月11日

2011年3月11日 調布市内の様子

2011年(平成23年)3月11日から7年が経ちました。

東日本大震災発生当日、調布で何が起きていたか、思い出してみませんか。


14時46分 全員協議会室で総務委員会の審査をしていると、部屋が大きく揺れ始めました。

東日本大震災(当時:東北関東大震災)の発生です。

揺れ方が、激しい縦揺れではなく、ゆったりとした横揺れだったので、「首都直下型」ではなく、遠方での地震であることを直感しました。

揺れている最中、委員長が「暫時休憩」を宣言したので、震源地・被災地域・震度を把握するためにテレビがある会派控室へ。

まだ、揺れていましたがテレビをつけると、「東北地方で大きな地震」との第一報が流れていました。

東京でのこの揺れ方は、被災地の被害の大きさが心配です。

とりあえず、議会棟の被害状況を調べるように議会事務局長に依頼しました。

大きく揺れたものの調布の震度は「5弱」だったので、議会棟と市庁舎にそれほど被害は無いだろうと思っていましたが、意外とあったのです。

議会棟の本会議場は、天井の明かり取りの装飾部分が取れかけています。


議会棟入口手前のかべにヒビが入っています。


エレベーターは3台とも停まっていました。たまたま乗っている人がいなくて何よりです。


市庁舎は6階以上、特に8階に被害が。





15時15分頃 副議長、議会運営委員長、各常任委員長と各会派幹事長に急遽集まってもらいました。
相談した結果、市内の被害状況を把握するために所管の各部・各課の管理職の緊急対応が必要なことから、今日は委員会を散会することになりました。

15時30分 委員だけが集まり、常任委員会はいずれも散会。



16時頃 第1回目の調布市災害対策本部会議が開かれました。
出席した議会事務局長に内容を聞くと、
「第一小・国領小に避難をしてきた市民が十数名。
その他公共施設での人的被害はなし。
物的被害については,食器・図書・展示物等の落下あり。
火災等もなし。
現在、消防団等で被害情報を収集中。 」
とのこと。

調布に大きな被害がなくてとりあえず一安心。
あらためて、被災地の被害状況が気になります。


17時頃 しばらく議会棟にいたものの、携帯電話でも固定電話でもメールでも、まったく家族と連絡が取れないためと、消防団第一分団の参集状況と様子を見に、市役所から自転車を借りて飛田給に行くことにしました。
途中の被害状況と様子を見ながら向かいます。

電車が不通のためか、旧甲州街道をたくさんの人が歩いていました。


車は渋滞。特に上り方向がひどいのは、都心に迎えにいく車が多いためか。



途中、人的被害も物的被害も目にすることなく、自宅に着きました。
家にいたかみさんに聞くと、地震発生時は、母を連れて病院に行った帰りで、ちょうど車を運転中。
はっきりと地震の揺れがわかり、かなり焦ったそうです。

かみさんに息子と娘から「無事」な連絡があったことを聞いて、ほっとしながら第一分団詰所に。

各分団には市総合防災安全課から「参集」、「担当地域を巡回して被害状況の把握」の命令が出ていて、実行されていました。
出動した団員に今後の対応をお願いし、再度市役所へ。



京王線は全線不通。調布駅では電車がホームに停車したまま。


調布駅南口の様子。


(左)バスは動いているので、案内板にたくさんの人が。
(右)タクシー待ちの列はあれども、タクシーは見えず。


グリーンホール小ホールの中にたくさんの人が休んでいました。


ホール入口に置かれたラジカセからは「NHKラジオニュース」が。Good Jobicon_bikkuri


文化会館たづくりは、立ち入り禁止。カラーコーンが見えるので何らかの被害があったのかなと思いましたが、ガードマンに聞くと「異状ない」とのこと。???



17時30分頃 市役所到着
議長室で情報収集。

21時からの第2回災害対策本部会議を傍聴。

各部長からの報告によると
「市内で8件ほど塀の倒壊等が発生。
人的被害はなし。
現在の主な課題は,調布駅周辺の京王線不通に伴う帰宅困難者への対応。
第一小学校に180人,グリーンホールに800人。
今後、総合福祉センター,たづくりなどを解放予定。
併せて毛布,食料を支給すべく準備中。」

避難している市民は十数名で、あとは、調布市内の駅を利用できない「帰宅難民」と、家に帰る途中で調布に立ち寄る「帰宅難民」のようです。
職員の話だと、都心からの「帰宅難民」がどんどん増えているそうです。


市の動きに一定の結論が出たので、飛田給に戻り、第一分団員として活動することに。

その前に、避難所になっているグリーンホールの様子を見に行きました。

ちょうど職員が毛布を搬入。


ロビーにもホールにもたくさんの人が。意外と落ち着いた雰囲気。



公衆電話は長蛇の列。


次から次に人が。



グリーンホールの前にしばらく立って様子を見ていました。

案内に立っている市の職員に次から次に訪れた人が質問をしています。
女子高生「車で向かいにくるお父さんと待ち合わせする場所はどこがいいですか」。(職員は市役所をすすめましたが、親子とも調布のことが不慣れな様子を見て、市役所まで一緒に案内して行きました。)
サラリーマン風の男性「携帯電話が通じないけど、連絡を取るのにどうしたらいいか」。(近くにある公衆電話をすすめていました。災害時には、携帯や固定電話に比べて、公衆電話が遥かに繋がりやすくなっています。)
若い女性「飯野病院はどこですか?」。(丁寧に案内していました。)

職員のぬくもりのある対応に感心しました。



今度は歩いて飛田給へ。

相変わらず旧甲州街道の上り方向は大渋滞。


歩いて帰宅する人がたくさん。



22時頃 飛田給の第一分団詰所に到着。
団員が十数名集まっていました。

MCA無線で総合防災安全課と各分団とのやり取りを聞いていると、いくつかの分団が避難所にアルファ米や水を届けていました。



0時15分 待機が終わり解散。

地震の被害者が一人でも少ないことを祈りながら帰宅しました。


以降は、大須賀ひろすけブログ「東日本大震災・味スタ避難所」をご覧ください。  

  • Posted by 大須賀 浩裕(おおすが ひろすけ) at 23:01Comments(0)東日本大震災・味スタ避難所

    2018年03月11日

    東日本大震災 発生から7年

    14時46分 東日本大震災の発生から7年が経ちました。

    (写真:NHKテレビ)



    15時10分 調布駅前広場で「東日本大震災慰霊祭 あの日を忘れない」が開催されていました。


    調布市仏教会による読経


    カトリック・サレジオ調布教会による聖歌合唱



    「調布から!復興支援プロジェクト」復興応援販売



    折しも、本日、福島県飯舘村を中心に復興に取り組んでいる渡邊とみ子さん著の「いいたて雪っ娘 ものがたり」が出版されました。

    とみ姉ちゃん、出版でも頑張れ〜っicon_maro02
    ご注文はこちら⇒までい工房

    本日のお買い上げ〜icon_maro08



    キャンドル点灯の準備が進んでいました。




    キャンドル点灯icon_maro02東日本大震災 慰霊祭 実行委員会 Facebookより)


      

  • Posted by 大須賀 浩裕(おおすが ひろすけ) at 22:36Comments(0)東日本大震災・味スタ避難所

    2018年03月05日

    「東日本大震災慰霊祭 あの日を忘れない」

    今年も「東日本大震災慰霊祭 あの日を忘れない」が開催されます。

    (写真:2015.3.11ブログ


    日時:2018年3月11日(日)
    会場:調布駅前広場

    事業内容:
    1.東日本大震災犠牲者への献灯
    2.調布市仏教会による読経
    3.カトリック・サレジオ調布教会による聖歌合唱
    4.防災啓発コーナー(防災グッズ、非常食など)
    5.復興応援販売
    6.その他

    展示・物産販売 13:00~17:00
    献灯・追悼行事 14:46~18:46
    キャンドル点灯 21:00まで


    blue_right東日本大震災 慰霊祭実行委員会 Facebook  

  • Posted by 大須賀 浩裕(おおすが ひろすけ) at 17:40Comments(0)東日本大震災・味スタ避難所

    2018年03月02日

    福島県郡山のウィスキー 「963」

    19時 布田4丁目にある「名前のない和風カウンターバー」に。

    福島県郡山市にある東北唯一の地ウィスキーメーカー笹の川酒造のウィスキー「963」を飲んでみました。

    ウィスキーは普段ほとんど飲みませんが、これは結構イケますicon_maro02


    宗ちゃんのおでこが光っていますicon_maro04
      

  • Posted by 大須賀 浩裕(おおすが ひろすけ) at 21:00Comments(0)東日本大震災・味スタ避難所

    2018年02月11日

    石巻ニューゼ 館長だよりvol.39

    東日本大震災から6年と11か月が経ちました。
    復興に向かう宮城県石巻地域の姿を発信している石巻ニューゼの武内宏之・館長さんから「館長だよりvol.39」が届いたので転載します。

    (写真:2017.4.4ブログより)


    皆さん、こんにちは。石巻ニューゼの武内です。

    先月の「館長だより」を書いた後、風邪をひいてしまい、仕事を休んだり早退したりと、身体的にしんどい日々を過ごしてきました。
    回復するきっかけになったのは、梅酒でした。
    咳がとまらず苦しんでいるのを知人が心配してもってきてくれました。
    子どものころ、風邪をひくと父親からおちょこ一杯の梅酒を飲まされ(子どもなのに…)、そしてかけ布団を2枚かけられ寝かされました。
    夜中に汗びっしょりとかいて目が覚め、着替えてまた寝る、朝には熱も下がり体も軽く気分もすっきりして、学校に行ったものでした。
    こんな体験をしているものですから、知人からもらった梅酒を大切に持ち帰り、その日の夜に飲み寝たところ、翌朝は咳も軽くなり、身体も軽くなっていました。
    次は体力だ、と栄養ある食事を心がけ、何とかここまで回復しました。
    病気や体調が優れないときは、身体は自然なものを求めているのかもしれませんね。

    ただ、インフルエンザはそうはいかないでしょう。
    急激に熱があがり(型によっては熱がそんなに上がらないこともあるとのこと)、どんどん体力を失っていきます。
    すぐに病院で診察をうけ、きちんと医師の指示通りに服薬することが必要です。
    石巻では、インフルエンザは例年より早く昨年の秋口から流行し始め、患者数も例年より多く推移してきています。
    学校ではインフルエンザによる学年・学級閉鎖もでています。
    流行期は続きます。皆さんもご用心を!

    寒い日が続く石巻で、ちょっと気になることがあります。
    街中を車で走っていると、亡くなられた方の葬儀会場の案内板があちこちの交差点に立っていることです。
    昨年の暮れからのことです。
    「○○家会場」といった看板です。この「○○家」が日ごとに替わるのです。
    主要交差点となると、2、3枚その看板が重なるように立っています。
    知り合いの葬祭会館のスタッフに聞いたところ、その会館では高齢者が多く、遺族の話として、「おじいさんは震災で環境が変わり、がんばってきたけど限界。疲れ切ったのでしょう」といった内容の話をされる方が多いと言っていました。
    さらに最近、集団移転地に家を新築した40歳代の男性が急死したという話を聞きました。
    この話だけでなく、同様のケースが2件耳にしました。
    せっかくマイホームを建てたのに…、亡くなった方、残された家族のことを思うと気持ちが重くなります。

    こうした話を以前にも、この「館長だより」で書いています。
    このようなことが周期的に起きてきているような気がします。
    昔からの言い伝えによると、「むしろ、ふ~と一息つくころが危ない」とのこと。
    マイホームなど夢に向かって頑張ってきて、実現した後に「ポックリ逝ってしまったり、病気になる」。だから「時には、息抜きも必要」という教えのようです。

    来月11日で、震災から丸7年。
    被災された方は会社・家の再建、地域の復興と頑張ってきました。
    これからも頑張らなければならないかもしれませんが、「頑張りすぎないように」と、地元石巻の人たちに会うと言っています。

    せっかく津波から逃れた命です。
    大切にしないと…。
    そんなことを考える今日このごろです。

    石巻ニューゼ
    館長 武内宏之


       

  • Posted by 大須賀 浩裕(おおすが ひろすけ) at 18:19Comments(0)東日本大震災・味スタ避難所

    2018年01月30日

    河北新報「止まった刻(とき) 検証・大川小事故」

    東日本大震災の津波で、石巻市の大川小学校では児童108中74名が犠牲となりました。

    宮城県の地元紙・河北新報が、大川小の児童23人の19遺族が、市と宮城県に損害賠償を求めた訴訟の控訴審が23日に結審したことから、改めて事故のことを連載しています。




    全国紙とは違う地元紙ならではの視点で書かれていて、大川小事故のことがよく分かります。

    1月中はインターネットで無料で見ることができるようなので、ご覧ください。

    blue_right「止まった刻(とき) 検証・大川小事故」











      

  • Posted by 大須賀 浩裕(おおすが ひろすけ) at 17:33Comments(0)東日本大震災・味スタ避難所

    2017年12月19日

    調布から!復興支援プロジェクト 全体会議

    19時 調布から!復興支援プロジェクト全体会議が市民活動支援センター(国領・あくろす2F)で開かれました。



    2017年度上半期と最近の活動報告

    <1>復興支援販売活動



    (写真:調布市商工まつり/with 石巻観光協会・遠藤水産・か―ちゃんのカプロジェクト・いいたて雪っ娘かばちゃ)



    <2>現地との交流活動

    ①飯舘村社会福祉協議会サロン活動参加
    5月 飯館村交流センター
    7月 福島市杉妻学習センター
    9月 福島市杉妻学習センター
    11月 杉妻学晋センター



    ②調布・福島フレンドリーカッフ運営
    7月29日(土)~ 31日(月) 2泊3日 
    招待チーム: 福島県須賀川市 岩瀬FC 18名 


    飛田給FCの家庭でのホームステイを初めて実施。



    ③石巻・女川・東松島クリスマス訪問。
    12月14日〜15日



    <3>新しいつながりを生み出す活動

    シアタス調布オープン記念映画MARCH上映会



    <4>復興支援事業への参画

    3月11日の慰霊祭に向け準備中。




    20時 全体会議に引き続き、旬鮮酒場 華肴(かこう)にて忘年会
      

  • Posted by 大須賀 浩裕(おおすが ひろすけ) at 23:00Comments(0)東日本大震災・味スタ避難所

    2017年11月11日

    石巻ニューゼ 「館長だよりvol.37」

    石巻ニューゼの武内宏之館長さんから「館長だよりvol.37」が送られてきたので、転載します。

    (写真:2017.4.4ブログより)



    「館長だよりvol.37」

    皆さん、こんにちは。石巻ニューゼの武内です。今日は、東日本大震災から6年8か月、津波で亡くなった方の月命日です。石巻各地の墓地や慰霊碑前では、手を合わせる姿が見られました。
    今日未明ですが、宮城県沖を震源とする地震がありました。突き上げるような揺れで目が覚め反射的に飛び起き、避難態勢に入りました。やはり、地震が起きると6年前のあの震災が瞬時によみがえり反応してしまうのかな、と自分のことながら思いました。私の友人はフェイスブックで未明の地震を「何で『11日』に揺れるのかな」ともらしていました。その友人も東日本大震災を思い出したのでしょう。

     今回は石巻ニューゼに来た人からよくある質問について書きます。その質問とは、「災害に備えておくべきものは何ですか?」です。東日本大震災後、注目されている首都圏直下型地震、南海トラフのこともあり、防災に関心が寄せられているのでしょうか。今年の夏ごろからこういった質問が多くなっています。

     まず答えるのは食料、水です。大規模で広域な災害後は、避難者に配られる食料は限られています。当然お腹がすきます。お腹がすくと気持ちも滅入ってしまい、考えも悪い方悪い方にいってしまいます。できれば3日以上食いつなぐ量を保存しておくことが必要。石巻日日新聞社が発行した号外「手書きの壁新聞」を見ると、震災後3日目から食料などが石巻に届き始めています。専門家は、もし首都圏直下型地震が起きたら都市型被害になるので、救援隊、ボランティアはなかなか被災地に入ることができない状況も想定されるので、「1週間から10日ぐらいの食料、水を保存しておいた方がよい」とアドバイスしています。それと、家で避難生活を送る場合を考えて卓上コンロも用意しておいた方が良いですよ、と伝えています。温かいご飯、味噌汁は、不安な気持ちも和らげてくれます。避難所にいた複数の若い女性からは、「チョコレートにたすけられた」といった声が聞かれました。登山時の非常食、救命ボートにはチョコレートが常備されているとものの本で読んだことがあります。

     それから、「寝室に底の厚い靴を置いていたのでよかった」という声もよく聞かれました。地震が起きると、室内の食器や戸棚のガラスが割れ、避難する時に踏んでケガをし逃げ遅れる可能性があるとのこと。高齢の夫婦は防災講演会で学んで、底厚の靴を寝室に置いていた、と言っていました。
     それともう一つ。「歯ブラシを避難袋に入れておいてください」と助言するのは石巻市内の歯科医師。「朝起きた時の人間の口の中のばい菌は、お尻のばい菌の数より多い」と言います。震災後は、断水になります。歯磨きができません。口の中のばい菌が肺に入り肺炎になったら、特に高齢者は「命取りになる」と言っています。以上のように、震災後被災した市民から聞いたことを教訓として、来館者に伝えています。

     「備えあれば憂いなし」とは、先人の言葉。定期的に避難袋のチェックをしてみてはいかがでしょうか。




    「石巻ニューゼ」は、〝ニュース〟とフランス語で博物館を表わす〝ミュゼ〟を合わせた言葉で「ニュース博物館」を意味します。
     館内には震災直後に発行した石巻日日新聞号外の「手書き壁新聞」実物と被災直後の石巻市、東松島市、女川町の写真も公開しながら、大正、昭和、そして平成の三時代を刻んできた石巻日日新聞を通した石巻地域の100年の歩みをたどる年譜、写真、地元関連の書籍、石巻のまちの足跡を見つめ直していただく資料などを展示しています。
     そして復興に向かう石巻地域の姿を随時国内外に発信しています。
    石巻ニューゼ ホームページより)  

  • Posted by 大須賀 浩裕(おおすが ひろすけ) at 20:00Comments(0)東日本大震災・味スタ避難所

    2017年09月30日

    東日本大震災復興支援映画「MARCH」上映会

    11時 東日本大震災復興支援映画「MARCH」の上映会と特別トークショーが開催されました。



    会場は、前日にオープンしたばかりのイオンシネマ「シアタス調布」のスクリーン5。

    「MARCH」は、震災被害を乗り越えて、福島県南相馬市で活動している小中学生のマーチングバンド「Seeds+」(シーズプラス)の活動を追った35分間の短編ドキュメンタリー映画で、2016年に製作されました。
    J2・愛媛FCが支援・協力したこともあり、昨年からJリーグが後援しています。
    blue_right「MARCH」を後援(Jリーグホームページ)

    最初に福島県いわき市出身のFC東京髙萩洋次郎選手のビデオメッセージが上映されました。



    次に「MARCH」のプロデューサーで、サッカー日本代表・名物サポーターのちょんまげ隊長ツンさんから、『福島の現状』と『MARCHができるまで』について説明がありました、




    「MARCH」の上映。



    続いて、原博実さん(Jリーグ副理事長、2002~05年・2007年FC東京監督)とツン隊長による特別トークショーがありました。



    司会は調布から!復興支援プロジェクト代表の横山泰治さん。



    「Seeds+」のメンバーが登壇。



    全員で記念写真を撮った後、「南相馬コール」がicon_maro02



    上映後、調布駅前広場で「MARCH」FC東京カラー特製Tシャツと福島の物産が販売されました。



    チケット代やTシャツ代など、このイベントの収益は、経費を除いて全額、「Seeds+」に寄付されます。

    「Seeds+」の子どもたちは、16時から味の素スタジアムでFC東京vs.磐田戦を観戦したようです。


    blue_right「MARCH」公式ホームページ

    blue_right「Seeds+」ホームページ


    MARCH予告編(YouTube)



    ちょんまげ隊長ツンさんのTwitterより



    原博実さんTwitterより



    「Jリーグが後援する映画『MARCH』とは? 震災から5年、サッカーによる復興支援(宇都宮徹壱)」(Sportsnavi)を読むと、「MARCH」のことがよく分かります。  

  • Posted by 大須賀 浩裕(おおすが ひろすけ) at 14:00Comments(0)FC東京東日本大震災・味スタ避難所

    2017年08月11日

    8/5~10日の東北訪問・旅行で撮影した写真の枚数 4,515枚!

    8月5日(土)・6日(日)のワカモノプロジェクト下見ツアーのお手伝いと7日(月)〜10日(木)の東北旅行。

    デジタル一眼、コンパクトデジカメ、携帯で撮った写真の枚数は、何と4,515枚face08





      

  • Posted by 大須賀 浩裕(おおすが ひろすけ) at 23:01Comments(0)東日本大震災・味スタ避難所iMac,iPhone,カメラ

    2017年08月07日

    東北訪問・旅行 3日目

    (前日ブログ)blue_right「ワカモノプロジェクト下見ツアー 2日目」

    石巻市の追分温泉に泊まりました。

    6時 朝風呂に行くと、私が一番目でしたface02


    追分温泉の建物は、田舎の分校のような趣きのあるたたずまいですface02





    7時20分 猫の島で有名な田代(たしろ)島に行くので、網地島ラインのフェリー乗り場に向かいます。

    車のカーナビに乗り場の住所(石巻市門脇町3-1-19)を入力して向かいました(下写真:GoogleMap)が、国道398号線から入る箇所が工事中で入れなくて迂回しました。

    被災地は復興のための道路工事箇所が刻々変わるので、注意が必要です。


    田代島には昨年の8月に行こうとしましたが、乗客が一杯で船に乗れなかったため断念(2016.8.12ブログ)。1年振りのリベンジです。
     

    駐車場に車を置いて、網地島ラインのチケット売り場へ。


    往復チケット(2,460円)を買いながら、販売機の横にあった「田代島散策マップ」を入手。


    石巻と田代島の間は、下り・上りが4本ずつなので、滞在時間で帰る船が決まります。

    石巻フェリー乗り場発⇒田代島・仁斗田港着 ①09:00→09:43、②12:00→13:01、③13:00→13:43、④15:30→16:13
    田代島・仁斗田港発⇒石巻フェリー乗り場着 ①07:40→08:29 、②11:57→12:47、③14:12→15:02、④15:33 →16:46
    夏期平日運航ダイヤ=網地島ラインホームページ)


    ブルーライナー号に乗って出航icon_bikkuri


    日和(ひより)大橋の下をくぐります。


    田代島までの距離は約15kmで、所用時間は約40分。

    日和山、石巻市の南浜町門脇町、日本製紙石巻工場が見えます。
    ここを津波が襲ったかと思うと・・・いたたまれない気持ちです。


    当時、市報ちょうふの紙は石巻工場で作られていました。


    田代島が見えてきました。


    田代島の大泊港は災害復旧工事中のため、12月末まで寄港できません(予定)。


    田代島・仁斗田(にとだ)港に到着。


    猫のTシャツを着た豚が猫の島にやってきたどーface02



    猫との出会いを求めながら、猫神社を目指します。


    工事中で「猫が多い」方に行けませんicon_maro03



    散策マップを見ますが、よく分かりません。


    フェリー乗り場から歩いて数分、公衆トイレの手前にある休憩所で第一島猫を発見icon_maro08


    案内標識がないので、左側の坂道へ。


    行ってみると・・・行き止まりicon_maro06


    近くの畑にいたおじいさんが「あっちの道を行けば神社に行けるよ」と教えてくれましたicon_maro08


    教えてもらった道を行きます。


    初めて標識がありました。



    猫のたまり場で有名な「阿部ツ商店」。


    多くの猫が道路の真ん中を歩いています。
    堂々とした姿に感激icon_maro02




    社団法人田代島にゃんこ共和国が運営する「島のえき」に到着。
    簡単な食事ができ、飲み物の自動販売機とトイレがあります。


    田代小学校・中学校の跡地なので、学校名が入った門柱や二宮金次郎像があります


    店長さんの家猫。


    レジカウンターの台で寝そべり、リアル招き猫化していますicon_maro02



    店内の猫グッズ。


    きつねうどんをいただきました。


    猫グッズの写真をカミさんにメールで送ると・・・「猫Tシャツを買ってきて!」との指令がicon_maro04



    猫神社に到着icon_maro08






    時々車とすれ違います。3台とすれ違いました。


    こんなところにも猫がicon_maro08


    ありゃ、あんなところで、ごろんとしてお腹を見せていますicon_maro04


    消防団のポンプ置場の前にもicon_maro05



    防潮堤を建設中。



    フェリー乗り場に猫。お見送り?



    田代島では猫たちのためのルールを守りましょう!

    <田代島 猫たちのためのルール>(参照:田代島にゃんこ共和国ホームページ
    icon35猫に餌や食べ物を与えない!
    猫達は島の方々から食事をもらっています。特に仔猫のうちは、食べ物が変わると下痢をして体力を失い、育たないなどの危険と隣り合わせです。 また、道路上で餌をもらうことで事故の危険性が増します。
    人懐っこい島の猫達を守るために餌や食べ物を与えないことにご協力ください。

    icon35道路の真ん中で写真を撮らない!
    道路の真ん中で猫を撮影している方がいらっしゃいます。交通量は少ないですが、道が狭く危険です。
    お互いに譲りあい、安全にご配慮下さるようお願いいたします。

    icon35仔猫をそっと見守る!
    可愛さのあまり抱き上げて、別の場所へ連れていくと母猫とはぐれるなど、小さな仔にとっては大変危険です。

    icon35住居など敷地内に入らない!
    猫を追いかけるのに夢中で、住宅敷地内に無断で入ってしまう方がいます、おやめください。

    icon35ゴミは持ち帰る!
    島内には、ゴミ処理施設がありません。週一回船で来る収集に頼っています。ゴミの持ち帰りにご協力お願いいたします。


    二十数匹の猫に出会えて、幸せな時間を過ごしましたicon_maro02
    でも、実際に出会った田代島の猫たちは、目の病気などを持った猫が少なくありませんicon_maro04
    マスコミにはあまり取り上げられないようですが、こうした事実も承知の上で、猫の島を訪ねましょうicon_maro05



    11時57分 ブルーライナーに乗船して、石巻に戻ります。


    カモメに餌をあげる人がいて、目の前を大迫力でカモメが飛んで行きますicon_maro04




    日和山の鳥居が見えました。日和山から石巻市門脇町南浜町を見たことはありますが(2015.12.20ブログほか)、見上げたのは初めてです。


    門脇小学校が見えます。2011年のNHK紅白歌合戦で長渕剛さんが東日本大震災の犠牲者への鎮魂の思いを込めて「ひとつ」を校庭で歌いました。(2011.12.31ブログ




    下船して、「がんばろう!石巻」看板と南浜つなぐ館を目指します。

    石巻市南浜町の防潮堤



    「がんばろう!石巻」看板と南浜つなぐ館。


    「がんばろう!石巻」看板には、訪ねるたびに励まされてきましたface022012.3.2ブログ



    南浜つなぐ館

    昨年訪ねた時は休館日だったので、今回が初めてです。
    館内には、震災前の街の復元模型や震災直後の様子、復興祈念公園の計画案等が展示されています。



    震災前


    震災後


    ミニシアタールーム


    東松島市・南三陸町・名取市閖上など、他地域の資料も置かれていました。


    資料を購入。


    なお、「津波で流出した石巻市南浜にある震災を伝える施設を充実させたい」プロジェクトが、今年9月26日までAll or nothing形式のクラウドファンディングで資金調達を行っています。


    南浜つなぐ館から見た復興住宅


    南浜つなぐ館から見た門脇小学校




    14時 石ノ森萬画館を訪ねて、木村課長さんにご挨拶。



    震災直後に発行した石巻日日新聞号外の「手書き壁新聞」の実物が展示されている石巻ニューゼは休館日。残念ながら、武内 館長さん(2016.8.12ブログ)にはお会いできませんでした。



    石巻市内では、「Reborn-Art Festival」が開催されていました。



    14時50分 昨年に続き、仮設屋台村 橋通りCOMMONWHITEさんで遅い昼食。
    石巻焼きそばをいただきました。まいう〜icon_maro02



    2015年4月にオープンした橋通りCOMMONは、2017年11月5日をもって閉場するそうです。(橋通りcommon Facebook

    何らかの形でWHITEさんのお店が続きますように・・・。



    石巻市から釜石市に向かいます



    東日本大震災の被災地を車で通る時は、地震がいつ起きるか分からないので、①常にラジオを付ける、②「過去の津波浸水区間」にいるかどうかを常に把握することが重要です。


    気仙沼市の「花いっぱい運動」は、通るたびに感心しますface02


    陸前高田市の「奇跡の一本松」。



    ホテルサンルート釜石に到着。

    20時40分 釜石市の居酒屋さんで、地元産海の幸と地酒をいただきました。

      

  • Posted by 大須賀 浩裕(おおすが ひろすけ) at 22:00Comments(0)東日本大震災・味スタ避難所

    2017年08月06日

    ワカモノプロジェクト下見ツアー 2日目

    (前日)2017.8.5ブログ「ワカモノプロジェクト下見ツアー 1日目」blue_left

    調布から!復興支援プロジェクワカモノプロジェクト下見ツアーのお手伝い2日目。


    8時 宿泊先の東松島市のバリュー・ザ・ホテル東松島矢本を出発。



    女川町のゆめハウスに向かいます。



    早めに女川町に着いたので、復興状況が分かりやすい、高台にある女川町地域医療センター(旧町立病院)駐車場に行きます。


    高さ16メートルの高台にあり避難場所に指定されていたこの場所を、更に約2m高い津波が襲いました。


    東日本大震災の前は16mの高台にありましたが、住宅地域を8m嵩上げするので、高低差は8mとなるそうです。

    南側方向


    北側方向


    震災遺構として唯一残った女川交番。


    嵩上げした高台に新しい住宅が建っていました。
    一方で、仮設住宅での生活状況の変化や経済的理由などにより、高台移転を断念した人も多いそうです。




    医療センターに隣接した公園の一角に建ついのちの石碑。女川中学校生徒の発案で作られました。


    女川町は「海が見えなくなる防潮堤を造らずに海と共生する」まちづくりを選択しました。




    9時15分 女川町高白浜の一般社団法人コミュニティスペースうみねこが運営する果樹園Cafe ゆめハウスを訪ねます。


    今回の下見ツアーのメインイベント。
    うみねこ代表の八木純子さんとワカモノプロジェクトの打ち合わせです。
    10月に20名程の調布の中学・高校生が訪問して、震災の学習と交流をする予定です。


    ワカモノプロジェクトで作製中の、ゆめハウスとコラボしたガチャガチャ。結構いけそうですface02



    2階の襖のシミは、津波が押し寄せた高さを示していますface08



    八木さんと初めてお会いしたのは、2012年2月に石巻市のホシノボックスピアで開催された「全国絆タウン46『東京都多摩地域(調布)の日』」の会場です(2012.2.26ブログ「石巻復興支援2日目」)。

    ゆめハウスは、東日本大震災の津波に襲われても残った八木さんの実家の納屋を改築しました。
    ただし、津波の記憶を失わないために、2階の襖についた津波の跡は、そのままに残してあります。

    blue_right2015.12.20ブログ「クリスマスプレゼント for 女川町『ゆめハウス」
    blue_right2013.8.16ブログ「東日本大震災被災地訪問2日目①「女川町」」
    blue_right2013.2.10ブログ「「調布から!行こう石巻・女川」2日目」


    FC東京カラー、青色と赤色のゆめ玉ストラップをいただきましたface02



    1階のリビングに、調布市飛田給の画家・宮本正章さん(元・調布市美術協会会長)の絵画が飾られていました。
    「ゆめハウス」オープン(2014年4月)のお祝いにプレゼントされた、2階から眺めた漁港の風景画「女川の漁港(ふるさと)」です。


    カレイの定食をいただきました。まいう〜face05


    八木さん、これからも繋がり続けますよface02




    13時 昨年12月、女川駅前にオープンしたテナント型商業施設シーパルピア女川を訪ねました。



    女川町まちなか交流館


    「スターウォーズ」AT-ACTのダンボールアートが展示されていました。


    KONPO’S FACTORY」に展示されているダンボール製の作品。車は有名な「ダンボルギーニ」face02



    女川町地域医療センターの横断幕。「女川は流されたのではない。新しい女川に生まれ変わるんだ。」


    ワカモノプロジェクトでの昼食場所を探しますが、約20名の予約ができる店がなかなか見つかりません。


    昼食は居酒屋典典のウニ丼。

    「20名予約OK」だそうです。

    消火栓のマンホール。




    石巻市に向かいます。

    14時40分 石巻観光協会のロマン海遊21を訪問。


    ワカモノプロジェクトメンバーは、たくさん買い物をしていました。



    石巻駅前のサイボーグ003=フランソワーズ・アルヌールと。


    ワカモノプロジェクトでお世話になっている先生を訪ねて石巻中央公民館へ。


    商店街で復興を見守るサイボーグ009。



    東松島市に向かいます。

    開店時間が朝7時face08 石巻のパチンコ屋は日本一開店時間が早いそうです。



    15時30分 東松島市のあんてなしょっぷ まちんどを訪問。


    店内にあったブルーインパルス・パイロットの顔出し看板に顔を入れてみると・・・う〜ん、顔の大きさがface10


    塩のりを購入。



    16時 東松島市のJR仙石線矢本駅で、「調布から!復興支援プロジェクト」のワカモノプロジェクトチーム4名とお別れ。


    2日間、お疲れ様でした。10月のワカモノプロジェクト本番、頑張ってください❗️


    ここからは一人旅です。
    昨日予約しておいた石巻の追分温泉に向かいます。

    途中から狭い山道にface08



    17時 追分温泉に着きました。
    学校の校舎を想わせる一軒宿です。


    部屋。


    部屋の鍵はネジを回す懐かしいタイプ。


    携帯はソフトバンクだけ圏外でしたが、wifiが使えました。
    フロントに頼めば、電話は部屋から外線に繋がります。
    携帯の電話は不通なのにLINEで家族と連絡を取れるとは・・不思議な時代ですface06



    さっそく、温泉にface05


    売店で缶ビールと石巻の名酒「日高見」をいただきましたface05


    夕食。この充実した内容で宿代9,700円とは驚きface08


    食後、もう一度温泉に。
    昔、銭湯の後によく飲んだコーヒー牛乳を懐かしくいただきましたface05

      

  • Posted by 大須賀 浩裕(おおすが ひろすけ) at 23:01Comments(0)東日本大震災・味スタ避難所

    2017年08月05日

    ワカモノプロジェクト下見ツアー 1日目

    調布から!復興支援プロジェクトの若者が交流するワカモノプロジェクトで、10月に調布の中学生・高校生20名程が宮城県石巻市・女川町を訪問し、災害のことを学びながら交流する予定です。

    それに先立ち、ワカモノプロジェクトのスタッフ4名が8月5・6の2日間で石巻市と女川町を訪ねて、下見と打ち合わせをします。

    7月20日の「調布から!」の総会(2017.7.20ブログ)後の懇親会で、「足となる車がない」と聞いたので、私が車を出して運転手を務めることになりました。


    <ワカモノプロジェクト 下見ツアー 予定表>(一部修正)



    5時30分 調布駅北口で待ち合わせて出発です。


    新宿を過ぎたあたりで交通事故現場に遭遇。
    渋滞の中を、赤バイ・消防車・救急車が横を抜いて行きました。
    ワゴン同士の追突事故で大きな事故ではないようです。
    出場する赤バイを見たのは初めてですface08




    常磐自動車道・守谷サービスエリア「Pasar守谷」で休憩と朝食。
    せたが屋で「せたがやラーメン」と「明太納豆ごはん」をいただきました。



    常磐自動車道は常磐富岡インターチェンジ過ぎから浪江インターチェンジ過ぎまで帰還困難区域内を走ります。



    常磐自動車道、広野と南相馬の間に放射線量モニタリングポストが9か所に設置されています。

    NEXCO東日本ホームページ



    最初のモニタリングポストの放射線量は0.1マイクロシーベルト/1時間。



    実は、自然界には宇宙線や大気・大地などから放出される放射線が存在しているので、調布市でも日常的に微量の数値が計測されます。
    平成29年度7月の空間放射線量(地表高5cm)は、0.035〜0.084マイクロシーベルト/時でした(調布市ホームページ)。

    ちなみに、私も平成24年3月、いわき市に視察に行く際、市から放射線測定器を借りて市役所控室の放射線量を測ってみましたが、0.06マイクロシーベルト/時でした(2012.3.27ブログ)。



    富岡町に入りました。


    帰還困難区域が近づくにつれ放射線量が上がってきます。


    常磐富岡インターまで2km。


    常磐富岡 大熊 出口



    大熊町に入ります。


    福島第一原子力発電所は、双葉町にまたがって大熊町に位置しています。(写真:Yahoo!地図


    大熊町の様子。


    放射性廃棄物の仮置き場。


    ソラーパネルの設置も目立ちます



    帰還困難区域に入ります。


    双葉町に入ります。


    最高値の2.9マイクロシーベルト/時。


    双葉町の様子。


    浪江・双葉出口


    「ここまで 帰還困難区域


    除染土壌等運搬車。


    帰還困難区域を過ぎると、風景が変わります



    動物注意・・サルface08




    11時50分 コロボックルハウス(石巻市河南旭山農業体験実習館)に到着。
    10月のワカモノプロジェクトの宿泊施設となります。


    宿泊部屋・キッチン・キャンプ場・風呂・備品などを確認。




    13時 道の駅「上品の郷」で昼食。



    14時30分 石巻市十三浜にある遠藤水産の遠藤社長さんの自宅を訪問。


    石巻の海産物で大歓迎を受けましたface02


    遠藤ご夫妻から、東日本大震災から6年5ヶ月経った被災地の厳しい現状を伺いました。


    記念撮影


    遠藤社長さんが大指(おおさし)漁港を案内して下さいました。






    「調布から!復興支援プロジェクト」は、遠藤水産さん、遠藤社長ご夫妻とず〜っと交流を続けてきました。
    今年の10月8日(日)・9日(月・祝)に開催される第62回調布市商工まつりにもいらっしゃいます。
    十三浜産のわかめ、こんぶ、くきわかめ、とろろこんぶを是非お買い求めくださいicon_bikkuri

    (写真:遠藤水産ホームページより)



    本日の宿、東松島市のバリュー・ザ・ホテル東松島矢本に到着。

    20時 夕食は、ワカモノプロジェクトで交流のある石巻の若者が紹介してくれた、JR仙石線の矢本駅近くの居酒屋「あうん」で。(写真:Google検索より)


    地元の新鮮な魚と石巻の美味しいお酒(墨廼江・日高見)を堪能しましたface05
    トビウオの刺身は初めてですface02

      

  • Posted by 大須賀 浩裕(おおすが ひろすけ) at 23:01Comments(0)東日本大震災・味スタ避難所

    2017年08月04日

    洗車

    調布から!復興支援プロジェクトの調布と石巻の若者が交流するワカモノプロジェクトで10月に20名程の中高生が石巻を訪問する予定です。

    それに先立ち、ワカモノプロジェクトのスタッフ4名が8月5・6の2日間で石巻・女川を訪ね、打ち合わせをします。

    7月20日の「調布から!」の総会(2017.7.20ブログ)後の懇親会で「足となる車が決まっていない」と聞いたので、私が車を出して運転することになりました。


    普段ほとんど車を洗ったことがありませんが、若者が乗るので、ガソリンスタンドで洗車し、空気圧を見てもらいました。


    やったことがない、車内も掃除機できれいにし、準備万端ですface02





      

  • Posted by 大須賀 浩裕(おおすが ひろすけ) at 23:01Comments(0)東日本大震災・味スタ避難所

    2017年07月29日

    調布・福島フレンドリーカップ

    本日から3日間、調布・福島フレンドリーカップが開催されます。




    調布・福島フレンドリーカップは、東日本大震災による福島第一原子力発電所の事故の影響により、屋外で自由に活動できない福島の子どもたちに笑顔と元気を届けたいとの思いから、「調布から!復興支援プロジェクト」(横山泰治代表)の運営で、平成23年から毎年夏休みに実施されています(当時の名称は「調布発!サッカーで福島の子ども達に元気を」。blue_right2011.7.28ブログblue_right2011.7.29ブログblue_right2011.7.30ブログ

    福島からは須賀川市の岩瀬FC、調布からは飛田給FC・調布一小SC・FC調和・若葉FCが参加しました。


    <主な日程>

    7/29(土)子ども達のお出迎え(味の素スタジアム周辺)→ウエルカムセレモニー・勉強会「被災地の現状」・昼食→ミズノフットサルプラザにてサッカー交流(5チームの混合戦)→富士見町鬼太郎公園での盆踊りに参加→ホストファミリー宅に移動して夕食・入浴・就寝。

    7/30(日)ホストファミリー宅で朝食→ミズノフットサルプラザにてサッカー交流(チーム対抗戦)→野川公園で交流バーベキュー&さよならセレモニー→味の素スタジアムでJリーグFC東京vs.新潟戦を観戦→銭湯→覚證寺(富士見町1丁目)で福島と調布の子どもが一緒に宿泊。

    7/31(月)覚證寺にて起床・座禅・作務体験・朝食→子ども達お見送り。


    14時からミズノフットサルプラザ味の素スタジアムで5チーム混合による交流戦が行われました。





    今夜は、初めての試みで、調布のサッカーチームの有志宅でホームステイです。

    福島と調布の子どもたちには、交流を通して素敵な思い出をたくさん作ってもらいたいと思いますface02
      

  • Posted by 大須賀 浩裕(おおすが ひろすけ) at 23:03Comments(0)東日本大震災・味スタ避難所

    2017年07月20日

    調布から!復興支援プロジェクト 総会

    19時 調布から!復興支援プロジェクト総会が国領の市民活動支援センターで開かれました。


    挨拶をする横山泰治・会長


    議案の説明をする齋藤祐一郎・顧問




    2017年度活動計画

    1.復興支援販売事業
    ①東北物産販売
    ②自主財源確保のためのチャリティー販売

    2.現地との交流事業
    ①飯館村社会福祉協議会サロン活動(「お茶飲み会」に参加)
    ②調布・福島フレンドリーカップ(福島と調布の小学生のサッカー交流)
    ③石巻・女川・東松島クリスマス訪問

    3.新しいつながりを生み出す活動事業

    4.復興支援事業への参画

    5.ワカモノプロジェクト(高校生・大学生世代の交流)との協働活動


    調布・福島フレンドリーカップ

    7月29日(土)〜31日(月)です。
    福島からは岩瀬FC、調布からは飛田給FC・調布一小SC・FC調和・若葉FCが参加。
    ミニサッカーの交流戦はミズノフットサルプラザ味の素スタジアムで、29日午後と30日午前の予定。
    2泊のうち、1泊は覚證寺(富士見町)で、1泊は初めてホームステイを実施。

    歓迎の横断幕




    総会終了後、国領の旬鮮酒場 華肴(かこう)で恒例の懇親会

    石巻の仲間が送ってくださった海の幸(かつお、ひらめ、うに、めぬけ=深海魚、かになど)を店主の佐藤さんが特別に調理をしてくださいましたface02


    海の幸の宝の山に感謝・感激face02




      

  • Posted by 大須賀 浩裕(おおすが ひろすけ) at 23:02Comments(0)東日本大震災・味スタ避難所

    2017年07月16日

    新潟県中越沖地震から10年

    2007年(平成19年)7月16日10時13分に発生した新潟県中越沖地震から10年が経ちました。

    震源は新潟県上中越沖で、震源の深さは17km、マグニチュードは6.8。
    新潟県柏崎市・長岡市・刈羽村、長野県飯綱町で震度6強を観測。

    死者:15名(直接死11名、災害関連死4名)、重軽傷者:2,316名、建物全壊:1,319棟、建物大規模半壊:857棟、建物半壊:4,764棟の被害をもたらしました。
    (出典:新潟県中越沖地震 - Wikipedia

    ちなみに、当時は安倍晋三総理大臣(第一次安倍内閣)で、防衛大臣は小池百合子・現東京都知事でした。


    2007年8月5日と6日の2日間、災害支援に行きました。

    8月5日(日)
    早朝、林明裕・市議会議員と自家用車で調布を出て新潟に向かいます。

    7時10分 越後川口が近づくと高速道路の破損と修理の状況が顕著になって来ます。



    柏崎インターで高速を下ります。災害ボランティアが柏崎市に集中すると思われたので、1日目は刈羽村へ行くことにしました。


    インターを降りて一般道に入ると風景が一変。



    8時30分 災害ボランティアを受け付ける刈羽村農村環境改善センターに到着。


    受け付けをする林議員。


    3年前に起きた新潟県中越地震(2004年10月23日)での経験が生きているせいか、受け付けがシステム化されていてスムーズです。


    住所地(市町村名)と氏名を黄色いテープに、医師・看護師・介護士などの資格がある人は赤いテープに記入。


    ポストイットに住所・氏名・携帯番号を記入し(写真:一部修正)、ボランティア証明書をもらいます。


    名前テープを左胸に貼り、ボランティア証明書を首に掛けてスタンバイOK。



    スタッフからボランティアの心得と作業内容の説明を聞きます。


    林さんを含めた男性4人のチームで作業をすることになりました。
    4人のポストイットをボランティア依頼票に貼付けます(写真:一部修正)。


    依頼票には、依頼者の氏名・住所・依頼内容・必要な資材などが書かれていて、活動報告などを記入します(写真:一部修正)。



    資材置き場で作業に必要な道具と水分をもらって出発。


    作業は被災した家屋の片付け。自家用車で向かいます。



    10時10分 1軒目のAさん宅に到着。


    内部の様子。


    片付けを開始。




    午前中でAさん宅の片付けは終わりました。
    次の指示を受けるために本部に戻ります。




    13時20分 2軒目のBさん宅を訪問。作業はAさんと同じく片付けでした。



    今日の作業は終わりかなと思ったら、3軒目のCさん宅を依頼されました。
    15時20分 Cさん宅を訪問。


    物置などの整理でした。



    結局3軒とも被災家屋の荷物の片付けや整理でした。
    本日の任務は終了です。


    宿泊可能な施設が刈羽村・柏崎市になかったので、長岡市のビジネスホテルに泊まりました。



    8月6日(月)

    9時 災害ボランティアを受け付ける柏崎市福祉センターに到着。


    ボランティアが数多く駆けつけているので、様子を見ます。




    必要な人数を上回っているようなので、活動は他の方に譲り、被災状況を視察することにしました。



    柏崎市役所


    市議会の第1委員会室が「第2普通科連隊指揮所」として使われていました。


    全国からの励ましのメッセージは被災者だけでなく、ボランティアの心にも響きますface02



    市の幹部職員からマスコミで報道されない貴重な話を聞きました。

    柏崎市の災害対策本部は、市役所1階に設置されました。
    発災後数日経つと、国会議員がやって来たそうです。
    政党・会派、委員会等と入れ代わり立ち代わりやって来ますが、その度に、国会議員の対応のために災害対策本部での作業・会議等が中止となり、迷惑極まりなかったそうです。
    災害対策本部を一時片付けて応対したこともあったそうです。


    国会議員が被災地を訪ねる必要性は理解できます。
    訪ねるときは、相手に迷惑をかけていないか、訪問のあり方をしっかり気をつけてもらいたいと思います。

    blue_right「誰のための被災地視察か 響かぬ激励、救援の妨げ」(2017.7.15産經新聞)


    市役所向かいの喫茶店にあったメッセージ。


    柏崎の目抜き通りの「えんま通り商店街」。



    帰りの高速道路。
    いち早い復旧作業の経験が東日本大震災のときに役立ったんだと思います。




    新潟県中越沖地震、特に震度7の強い揺れが襲ったとされる柏崎刈羽原子力発電所の教訓は東日本大震災にどう生かされたのでしょうか。
    原子力発電施設の総合的な地震対策についてもっと深刻に受け止めていたら・・・被害状況は違っていたのかも知れません。

    blue_right福和伸夫・名古屋大学減災連携研究センター長「新潟県中越地震10年、その頃すでに指摘されていた原発災害とサプライチェーン途絶」
      

  • Posted by 大須賀 浩裕(おおすが ひろすけ) at 13:03Comments(0)東日本大震災・味スタ避難所

    2017年04月04日

    東日本大震災復興応援イベント「いま、私にできること~石巻日日新聞の方と未来を語ろう~」

    19時 東日本大震災復興応援イベント「いま、私にできること~石巻日日新聞の方と未来を語ろう~」が、国領の市民プラザあくろす市民活動支援センターで開催されました。

    調布から!復興支援プロジェクト代表の横山泰治さんと石巻日日新聞・常務取締役(震災当時は報道部長)・武内宏之さんのトークセッション形式で行われました。



    石巻日日(ひび)新聞は、石巻市・東松島市・女川町をエリアとしている地域新聞。
    東日本大震災の津波により社屋が浸水し、輪転機が水没してしまいました。
    そこで、濡水しなかった新聞ロール紙を切った紙に、マジックペンで書き込んだ壁新聞型の号外を、3月12日から17日までの6日間、市内の避難所6カ所に貼り出し、ライフラインの復旧状況や避難所での生活関連情報を伝えました。(参照:調布経済新聞




    武内さんは「震災時、記者自身も家族の安否も分からない中、最前線で取材を続けたこと」「壁新聞1枚でもいいから地域紙として正確な情報を伝えるために発刊したかったこと」「壁新聞を見た被災者が日日新聞が頑張っている姿を見て励まされたと語ったこと」「被災者の心の傷の形や深さは一人ひとり違うこと」「6年が経ち、震災のことを語り始める人が増えてきていること」「学校での防災教育も大切だが、家族で災害について考えることはもっと大切なこと」などについて熱心に語ってくださいました。



    武内さんが最後に語ったのは・・・
    「震災を忘れてはいけない。これは、被災地のことだけではありません。
    約1,150年前の869年に貞観(じょうがん)地震が起きましたが、熊本地方や山陰地方で地震が発生した後、関東地方や南海地方でも大地震が起きたと言われています。
    首都圏直下型地震や南海トラフの発生確率はいずれも30年以内に70%とされています。
    こうした未来の被災地「未災地(みさいち)に、東日本大震災を教訓にしてもらいたいのです。
    なぜならば、もう私たちのようにあの悲惨なめに遭ってほしくないから。
    少しでも犠牲者をなくし、被害を少なくするためにはどうすればいいか、被災地の私たちにとっては辛い体験ですが、この経験を教訓にしてもらおうと思っています。」



    6枚の壁新聞 石巻日日新聞・東日本大震災後7日間の記録」を読むと、壁新聞発行の経緯や当時の記者たちの葛藤がよく分かります。



    壁新聞はドキュメンタリーやドラマに取り上げられました。
    情熱大陸 「石巻日日新聞 」(毎日放送 2011年9月11日放送)
    「情熱 石巻日日新聞」 - Dailymotion動画
    情熱大陸「石巻日日新聞×葉加瀬太郎」 (毎日放送 2012年3月11日放送)
    ドキュメンタリードラマ「3.11 その日、石巻で何が起きたのか〜6枚の壁新聞」(日本テレビ 2012年3月6日放送)
    課外授業 ようこそ先輩「記事にしよう 未来のふるさと~石巻日日新聞 武内宏之」(NHK 2012年7月16日放送)
    東北発未来塾「武内デスクの新聞教室 紙とマジック」(NHK 2015年3月2日放送)


    武内さんは、現在、震災を風化させないために石巻日日新聞が開設したニュース博物館 「石巻ニューゼ」の館長さんです。
    昨年の8月にお会いしました(2016.8.12ブログ

    今回改めて武内さんの話をお聞きして、「いま、私にできること」を考える機会となりました。

    このような貴重な話を聞いていたのは20数名とはもったいない。



    トークセッション終了後に気になっていたことをお聞きしました。
    震災前、石巻日日新聞の発行部数は約14,000でした。

    震災後は購読者が大きく減ったものと予測されます。
    記者6名を始め28名いた(「6枚の壁新聞 石巻日日新聞・東日本大震災後7日間の記録」による)社員がどうなってしまったのでしょうか。

    武内さんの返事は・・・
    「購読者は減ったものの、平成26年に月刊地域みっちゃく生活情報誌『んだっちゃ!』を創刊して社員は32名に増えた」。
    一安心しましたface02


    なお、会場で展示した壁新聞原寸大パネルは、2014年に「調布から!復興支援プロジェクト」が避難所に貼られていた壁新聞の写真からパネルを作成し、展示後石巻に返還したもので、その後も今回のように全国各地の講演などで使用されています。


    石巻日日新聞は宮城県の沿岸部にある石巻市・東松島市・女川町の2市1町(人口約22万人)を地盤として大正元年10月に創刊、来年で100周年を迎える地域新聞です。
    地域に密着し、地域に貢献することを社訓とする日刊夕刊紙です。

    2012年2月、「調布から!復興支援プロジェクト」が石巻市で「全国絆タウン46・第2弾・『東京都多摩地域(調布市)の日』」を実施した時、秋山裕宏記者が取材に来て、記事を書いてくれました(2012.2.25ブログ2/26ブログ)。




    電子板は1ヶ月1,000円で購読できます。
    詳しくはblue_rightNewsMediaStand


    また、「いま、私にできること~石巻日日新聞の方と未来を語ろう~」の模様は、ケーブルテレビJ:COMチャンネル東京 (Ch.11) で、4月7日(金)17時から「デイリーニュース 世田谷・調布・狛江」番組内で放送します。

      

  • Posted by 大須賀 浩裕(おおすが ひろすけ) at 23:01Comments(1)東日本大震災・味スタ避難所

    2017年03月02日

    南三陸さんさん商店街 あす移転オープン

    今朝のNHKニュースおはよう日本で「“復興の象徴”の商店街 あす移転オープン 宮城 南三陸町」を特集していました。


    東日本大震災の被災地、宮城県南三陸町で去年の年末までプレハブの店舗で営業を続け、100万人以上が訪れた「南三陸さんさん商店街」が、かさ上げされた、かつての町の中心部に移転し、3日オープンします。
    さんさん商店街は、被災した町の飲食店などが集まって作った商店街で、震災の翌年から仮設の店舗で営業を続け、復興の象徴とも言われてきました。
    新しい商店街は建築家の隈研吾氏が設計し、飲食店や鮮魚店など合わせて28の店が地元の杉を使った6棟の建物に分かれて営業します。
    (NHKニュース「おはよう日本」より)



    私も何回か南三陸町を訪ねた時に、さんさん商店街でお世話になりました。(2013.7.22ブログ



    激ウマのウニ丼をいただいた豊楽食堂・店主の岩田大(ひろし)さんはお元気なのでしょうか。
    無事に、新しい商店街に移れたのでしょうか。



    気になりますが、南三陸さんさん商店街のホームページにもFacebookにも新しい商店街の店舗情報が見あたらないので分かりませんface11


    「岩田大」でGoogle検索してみると・・・
    河北新報に「地域の味復活誓い幕 仮設商店街閉鎖で閉店」との記事がface08

    岩田さんにとっては、技術の未熟さを痛感した5年間でもあった。「観光客や工事関係者はいずれ少なくなる。もっと地域に密着した店にしなければならない」と先を見据える。理想の一皿を求め、修行に戻ることに決めた。
    食堂名物の焼きそばは麺を2度ふかした後、しょうゆのたれを絡めて焼く。「祖母から教えてもらった味を受け継ぎ、今度は自家製麺で挑戦したい」と目標を語った。
    (河北新報より)


    台東区出身で、おばあちゃんがやっていた豊楽食堂を助けるために被災地に駆けつけ頑張ってきた岩田さんは、暫く修行する道を選んだようです。

    更に美味しくなった豊楽名物の焼きそばを楽しみに待っていますよ
    face02
      

  • Posted by 大須賀 浩裕(おおすが ひろすけ) at 15:33Comments(0)東日本大震災・味スタ避難所

    2017年01月31日

    調布から!復興支援プロジェクト全体会議・新年会

    18時50分 18時30分から国領の市民活動支援センターで開かれている調布から!復興支援プロジェクト全体会議に遅れて参加。

    2016年8月以降の活動報告と今後の活動計画について協議されました。



    活動報告

    (1)復興支援販売活動
    明治大学付属明治高校学園祭、市商工まつり、すずかけフェスタ、国領わいわいまつり、農業まつりの5カ所で石巻市・女川町などの特産品を販売。

    (2)現地との交流

    ①飯館村社会福祉協議会サロン(飯館村から避難している人たちとお茶を飲みながら交流する事業)
    9月30日、11月28日、1月30日に5名が参加。

    ②調布・福島フレンドリーカップ(福島と調布の小学生のサッカーを通じての交流事業)
    須賀川市の岩瀬FCを招待し、8月6日〜8日まで2泊3日で実施。

    ③石巻・女川・東松島クリスマス訪問。
    12月22・23日の2日間、震災以降交流している団体(石巻観光協会、石ノ森萬画館、女川町ゆめハウスなど)を5名が訪問し、友好を深めた。

    など


    今後の活動予定

    ①興支援販売活動と飯館村社会福祉協議会サロンを引き続き行う。

    ②調布・福島フレンドリーカップは7月か8月に実施する。

    ③3月11日に調布駅南口広場で開催される東日本大震災慰霊祭2017「あの日を忘れない。」に参画する。

    ④新たな繋がりを生み出す活動を準備中。

    など



    20時 全体会議に引き続き、旬鮮酒場 華肴(かこう)にて新年会


    5年間一緒に支援活動を行ってきた仲間との飲み会は格別のものがありますface02

    調布から!代表の横山泰治さんが石巻市の金華山黄金山神社御神酒を用意してくれました。


    たっぷり頂いたので、少しは清められたことでしょうface16




      

  • Posted by 大須賀 浩裕(おおすが ひろすけ) at 23:01Comments(0)東日本大震災・味スタ避難所