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2010年09月12日

飛田給薬師尊例大祭




飛田給薬師尊例大祭が開かれました。

薬師奉賛会(大塚会長)の役員さんは朝から集合し、薬師堂境内の清掃・飾り付けなどを行ったあと、西光寺ご住職による法要が執り行われました。


18時からは、飛田給はやし連・子供囃子による演奏と、おかめ・ひょっとこ・獅子舞の踊りが行われました。

私は、地元の消防団第一分団員として警戒を担当。
19時から味の素スタジアムでFC東京vs浦和戦がありますが、地元の大切な行事のため残念face11


飛田給はやし連・子供囃子による演奏と踊り








薬師尊は、調布市の文化財の中で史跡指定第1号です。

お堂には江戸中期、松前意仙が自ら造った石造瑠璃光薬師如来立像が安置されています。

松前意仙は仙台藩士で、医道を業としたが、早くから仏門に志し、薬師に帰依していました。
故あって出家してからは、諸国を巡歴、飛田給に居を定めてからは、終日読経し、ときに行脚、托鉢に出たといわれています。

その間、この瑠璃光薬師如来立像を刻んでいます。像身は140㎝の正立像で、左手に薬壺を捧げ、右手は施無畏印を結び、慈悲に満ちた相好をしています。

松前意仙は、この石像を彫りあげて大願成就後、自ら墓穴を掘り、村人に「鉦の音のやんだときは、わが命の尽きた時である」といい残してその中に入り、端座叩鉦誦結三昧のすえ、元禄15年(1702)に入定されたといいます。

死後、村人によって手厚く葬られ、塚が築かれました。
行人塚と呼ばれ、現在も大切にされています。

現在の塚は昭和47年に改修されたもので、この工事の際、専門家によって発掘、調査が行われ、端座したまま倒れた意仙の遺骨の存在が確認されています。

翌年、土地の代表は、宮城県白石市の松前家の子孫を訪ね、仙台における意仙の存在について調査し、史実の確認にあたっています。

お堂は、薬師本尊開眼の貞享3(1686)年から三百年にあたる、昭和61年9月12日に意仙の遺徳を伝えるため、飛田給自治会薬師尊奉賛会が建てました。


19時30分からは奉納踊りが行われました。




ひろすけ’動画「飛田給薬師尊例大祭(2010)」作成中face16


ひろすけ’動画「飛田給薬師尊例大祭(2009)」

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    Posted by 大須賀 浩裕(おおすが ひろすけ) at 23:02 │飛田給の出来事