たまりば

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2011年09月12日

一般質問 質問原稿

一般質問をしました。議長は一般質問をしないため、就任前の平成21年第1回定例会で質問して以来、2年半ぶりの質問です。

テーマは
「災害に強いまちづくりについて」
(1) 教訓と記録について
(2) 今後の災害対策について





質問の模様は、インターネットで生中継され、録画映像を見ることができます。

どうぞ、ご覧ください。blue_right調布市議会本会議中継


一般質問の主旨です。実際の発言とは一部異なる場合があります


今回は、「災害に強いまちづくりについて」お尋ねします。
まず「教訓と記録について」お伺いします。

3月11日に東日本大震災が発生してから昨日でちょうど半年が経過しました。
マグニチュード9.0、1000年に1度の被災規模と言われるこの大震災は、未曾有の被害をもたらしました。
9月10日現在、死亡15,781名・行方不明4,086名となっています。

多くの人が、家族を、家を、仕事を、そして生活を失いました。
悲嘆にくれる被災者に対して更に追い打ちをかけたのが、菅直人総理大臣の無為無策、無責任な政治姿勢でした。被災地の自治体は翻弄され続け、被災者は2次被害、3次被害を受けることになってしまいました。

そんな総理がようやく去り、野田佳彦氏が新たな総理大臣に就任しました。民主党代表選挙での「どじょう演説」や体系が若干似ていることもあって、個人的には親近感を抱いています。野田総理は、就任以来「震災からの復旧・復興が最大の使命」、「福島の再生なくして日本の再生はない」と語ってこられました。その姿勢に共感するとともに、期待もしています。
心を一つにして災害支援にあたってきた国民を見習い、国会も復旧・復興を最優先に超党派で取り組んでもらいたいと思っています。


さて、東日本大震災での被害は、地震そのものより、圧倒的に多くが津波によるものでした。
869年の貞観地震、1611年の慶長三陸地震、1896年の明治三陸地震、1933年の昭和三陸地震等、過去の大地震の教訓から、十二分と思われる津波対策をしてきたのにも関わらず、多大な犠牲が生じました。

「津波が来ても守ってくれる」と多くの人が信じていた防潮堤の高さを遥かに上回る津波が襲ってきたのです。
津波は前兆として「急な引き潮」が起きます。防潮堤に遮られて、引き潮に気がつかなかった人も少なくありませんでした。大槌町のように引き潮がなかったように見えたため、潮が引いてから逃げようとした住民が津波に巻き込まれた地域もありました。

さらに、津波は、たくさんの子どもたちの命も奪いました。

石巻市立大川小学校では、全校児童のうち約7割が犠牲となりました。
市は大川小を津波の際の避難所に指定し、学校の避難マニュアルは避難場所について「高台」としていただけで、具体的な場所を記していませんでした。
校舎のすぐ裏に避難ができる裏山があったのに、校庭で30分も協議した結果、200メートル離れた橋の袂の高台に移動中、津波に襲われました。児童74名と教職員10名が死亡・行方不明となっています。


同じく石巻市の日和幼稚園は山の中腹の高台にありました。しかし地震直後、園児を保護者に引き渡すために海側にバスを走らせてしまったのです。最も被害の大きかった門脇町にいた時に津波に襲われ、5名の幼い命が失われました。
園のマニュアルには、地震発生時は、幼稚園で保護者に園児を引き渡すことを記してありましたが、職員に周知されておらず、守られることがなかったのです。


一方、助かった命もありました。
釜石市教育委員会は震災前に「津波防災教育のための手引き」を作成し、各学校では日頃から訓練を行っていました。
釜石東中学校の生徒は地震発生後、「津波が来たら、てんでんばらばらに一人で高台へと逃げろ」という意味の「津波てんでんこ」の教えを生かし、教員からの指示を待たずに各自高台へと避難しました。隣接する小学校の児童の手を引いて避難した生徒もいたそうです。
釜石市では、地震発生当時、小中学校の校内に児童と生徒が約3千人いましたが、全員が無事でした。

この3つの事例は、日頃の訓練、有事の際の正確な情報収集と適切な判断がいかに大切かを訴えています。
私たちは大きな災害が起きる度に教訓の大切さを痛感し、その一方で教訓を生かしていなかったことを反省してきました。

長友市長は、7月に遠野市、釜石市、相馬市を訪問し、陸前高田市、南三陸町、石巻市、東松島市等を視察してきたと伺っています。
市長就任後、初めて被災地をお訪ねになったようですが、被災地での経験や教訓を市政に生かしていくことは極めて重要なことだと思います。

Q1.市長は被災地で、どのようなことをお感じになったのでしょうか。市長の所感と被災地から得た教訓がおありでしたらお聞かせください。

次に教育長に伺います。先ほど挙げた3つの事例は、教訓として生かすために厳しい言い方をしますが、責任者の判断で助かる命と助からなかった命に大きく分かれた事実を例として挙げました。万が一調布で災害があった時には、調布の宝であり、未来への希望である子どもたちの命を何としても守らなければなりません。

Q2.教育長は、今回の震災でどのようなことを感じ、考えておられるのでしょうか。調布の子どもたちの命を守るために新たに決意したことは何でしょうか。大震災についての所感と教訓を伺います。


今回の震災では、調布市内でも様々なことがありました。
京王線を始め公共交通機関が不通となり、調布にも多くの帰宅困難者が押し寄せ、そのための避難所が初めて開設されました。
私も、いくつか現場を見て回りましたが、急遽かつ初めての体験にも関わらず、各現場での職員のみなさんの奮闘、頑張りには大いに感心しました。


グリーンホールの階段下にいた時、女子高生が職員に話しかけているのを目にしました。「八王子からお父さんが車で迎えに来る。調布のことを知らないので、どこで待ち合わをしたらいいのか教えてほしい。」と不安げに語っていました。対応した職員は「市役所がいいのでは」と場所を説明していましたが、行き方がよく理解できなかった少女の様子を見て「連れて行ってあげますよ」と一緒に行ったのです。できそうで、なかなかできないことだと思います。
私にも高校生の娘がいます。この少女は心細い中、丁寧な対応に安心したことでしょう。心温まる行動に心から拍手を送ります。


一方、都心の職場から調布まで帰ってきた市民もたくさんいたはずです。帰ってくるまでにはそれぞれ様々な出来事があったことでしょう。
職員も市民も初めての体験をしました。この貴重な経験を記録して、今後の防災計画に生かしつつ、教訓を後世に伝えることは大切なことではないでしょうか。


さて、東京都は3月17日から、東日本大震災や福島第一原子力発電所の放射能により避難した人を対象に、味の素スタジアムと足立区の東京武道館で受け入れを始めました。
私は、味スタから300メートルのところに住んでいることもあって、ほぼ毎日通い、避難所の様子を見てきましたが、開設のことが報道されると、驚くべきことが起きました。
支援物資を持ってくる人、お手伝いをしたいというボランティア希望者が次々と押し寄せたのです。
3月23日には、被災者の生活をサポートするために社会福祉協議会が被災者支援ボランティアセンターを開設しました。
このボラセンは5月22日避難所閉鎖とともにクローズされましたが、この間に市民や市民団体の見事な協働・助け合いが展開されたのです。


炊出しは、3月21日に地元の飛田給自治会が始めたのを皮切りに、自治会や地区協議会など20団体により、32回も行われました。
中学生や小学校も応援しました。


調布中学校の生徒は、炊出しを手伝ったり、子どもたちに紙芝居や絵本の読み聞かせをしました。生活情報が不十分で避難者が困っていると聞くと、生活情報を集めた「味スタ周辺マップ」を作ってすぐに持ってきてくれました。このマップは入口脇の柱にずっと掲示されていました。


調布駅前で中学生が被災地募金活動を行っていたので、聞いてみると、第五中学校の生徒でした。


炊出しの際のお盆がないことが伝わると、石原小学校からプレートが届きました。


以上は、たまたま私が見聞きした事例ですが、大人も子どももたくさんの人が味スタの避難所支援に関わっていました。
ボラセンのボランティア登録者は、市長が何回か披瀝しておられましたが、何と2800人を超えました。
何かをしてあげたい人たちの気持ちが、見事にひとつになり、大きな絆が生まれたのです。
このような素晴らしい市民の協力の事実を記録して残さないのでしょうか。
何年か後に、再び味スタに避難所が開設される事態が起きないとも限りません。
こうした意味でも、資料を残す意義があると思います。


また、市内の多くの団体が支援活動を行ってきました。いくつかご紹介します。

社会福祉協議会は、市民や企業のボランティアを派遣し、遠野市を拠点に大槌町で支援活動を行いました。更に、9月下旬から6期に渡り派遣する予定です。

歯科医師会は、医療救護班を石巻市と女川町の避難所45ヶ所に派遣し、口腔ケアを中心に活動しました。

味スタ避難所のボランティアを中心に市民有志20名ほどが作った団体「調布から!復興支援プロジェクト」は、被災地に対する様々な支援活動を行ってきました。
最初に始めたのが、石巻市の石ノ森萬画館に対する支援です。萬画館には昨年の10月に総務委員会が視察しているので、ご存知の議員さんもおられることでしょう。萬画館は津波により1階部分が被災しました。復旧には当分時間がかかります。そこで、萬画館で販売していたグッズを代理販売し、売り上げを萬画館に寄付する活動を始めました。6月から布田2丁目の酒屋さんで、7月からはぬくもりステーションでも販売しています。


2つめは、石巻市での「思い出の宝物を持ち主に返そうプロジェクト」です。これは、津波で散乱してしまった写真・アルバム・位牌など、被災者にとっての宝物を展示して持ち主に返す活動です。特に写真は、バクテリアが表面のゼラチンを分解することにより消えてしまうので、洗浄・乾燥して少しでも早く持ち主に返す一方、デジタルカメラで撮影してデータを保存します。市民に参加を呼びかけ7月と8月に2泊3日で行い、合わせて26名の市民が参加しました。





3つ目が、放射能の影響で充分な練習が出来ない福島のサッカー少年への支援です。「調布発!サッカーで福島の子ども達に元気をプロジェクト」と銘打って、7月の3日間、福島県須賀川市の岩瀬FCの子どもたちを調布に招待しました。市にも共催をいただきましたが、調布選抜チームの子どもたちとの試合やバーベキューでの交流、FC東京のサッカー教室と選手との交流、深大寺訪問、市民プールでの遊泳などの体験をしてもらいました。ちなみに子どもたちが最も喜んだのが今年初めてプールに入れたことでした。


この他にも、市民個人や団体が様々な支援活動を行なっていると思われます。議員さんの中にもおられることでしょう。
宮地副市長も社会福祉協議会の復興支援ボランティアに参加なさったと伺っています。
こうした貴重な経験を記録するとともに、情報を共有し、今後の活動に生かすことは大切なことではないでしょうか。
また、こうした記録が教訓にもつながっていくのだと思います。

Q3.調布での帰宅困難者、味スタでの避難所、被災地での支援活動を例として取り上げましたが、大震災の発生以降、調布市が、市民が、市内の団体が関わった様々なことを記録として残して、教訓を伝えるべきだと思っています。市長のお考えをお聞かせください。


次に、「今後の災害対策について」伺います。

今まで首都直下型地震が30年以内に起きる確率は70%以上とされてきました。政府の地震調査委員会は6月、東日本大震災に伴う地殻変動によって、立川断層帯での地震発生確率の長期評価、30年以内の地震発生確率ですが、高まった可能性があると公表しました。規模はマグニチュード7.4程度。発生確率が2%からどのくらい上がったかはまだ不明なものの、警戒が必要だとしています。
2%と言うと一見低く感じますが、これは数千年単位の営みを30年規模に置き換えて表現しているためで、阪神淡路大震災の30年確率が8%だったことを考えると、低い数字とは言えません。
「活動周期は1万年から1万5千年とされているが、最後の活動時期が約1万3千年前のため、いつ活動してもおかしくない状態。阪神淡路大震災クラスの巨大地震が起きれば、東京都の想定を上回る規模の激甚災害となる可能性は極めて高い」と指摘する専門家もいます。

市民の生命と財産を守る立場にある調布市は、一刻も早く実践に即した防災計画やマニュアルを作らなければなりません。

Q4.そこで、お伺いしますが、従来から言われてきた教訓と今回の大震災での新たな教訓を合わせて、地域防災計画や各部の災害時行動マニュアル、各課や施設毎の防災計画やマニュアルにどう反映させるのでしょうか。そのポイントは何でしょうか。

Q5.また、それぞれをいつまでに作る予定なのでしょうか。お考えをお聞かせください。


さて、3月11日、議会棟も激しく揺れました。平成18年に耐震補強をしましたが、していなかったら大きな被害が出ていたかも知れません。

一方、本庁舎は上層階を中心に被害を受けました。震度5弱にもかかわらず、棟と棟とをつなぐエキスパンション・ジョイント、防火扉、照明器具等が破損し、8階ではロッカーが倒れ、表示板が半分落ちていました。



本庁舎の開庁時間には多くの市民がいます。900名を超える職員もいます。市民と職員の生命の安全確保を最優先しなければなりません。
また、災害時に本庁舎が大きな被害を受けていたのでは、たづくりにある総合防災防災課が無事であっても、市としては機能停止になってしまいかねません。

今、みなさんがいる本会議場も被害を受けました。そこの明かり採りの窓の部分の装飾品、非構造部材が外れかけて落下寸前でした。調べてみると、何とびっくり。引っ掛けているだけで固定してなかったのです。


Q6.本庁舎は震度6強や7の直下型地震に襲われた時でも大丈夫なのでしょうか。耐震化や何らかの補強が必要ではないのでしょうか。今回の大震災での被害を鑑みた上で、すべての公共施設の耐震性、ロッカー等の備品や非構造部材の安全性をあらためて再点検する必要があると思いますが、そのお考えについてお伺いします。


東日本大震災では、「今までの大規模災害以上に、災害支援に積極的な自治体とそうでない自治体との違いが大きく分かれた。この姿勢の違いは首長の姿勢の違いだ」と言われています。はたして調布はどちらなのでしょうか。

平成16年の新潟県中越地震でも、19年の中越沖地震でも、職員災害ボランティアクラブのメンバーがボランティア休暇を取って駆け付けると言うもので、長友市長の消極的な姿勢に多くの職員と市民ががっかりしました。

今回、市長が職員を行政派遣で送ったことは評価するものです。
延べ17回に渡り48名の職員を派遣。釜石市、石巻市、大槌町等で、瓦れきの片づけ、被災宅地の危険度判定、救援物資の搬送、避難所の運営支援などの活動を行いました。

「人は石垣、人は城」ということ言葉があります。私は、災害に強い職員と市民が一人でも増えれば増えるほど防災力が強化され、災害に強いまちづくりにつながるものと思っています。そして、災害に強い職員と市民を作り出すもっとも効果的な方法は、実際に被災地に行って支援活動を経験することだと確信しています。

「百聞は一見にしかず」。実際に被災地に行けば、テレビや新聞では伝わることのない何かが必ず伝わってきます。
だから、1300人の職員、22万市民のうち、被災地で何人経験できるかが、大きな分かれ道だと思っています。今回派遣した職員は48名です。今までよりは前進ですが、職員全体での比率はたった3.8%(OB1人を含め49名で計算)です。

私がこのことにこだわるのには理由があります。阪神淡路大震災の被災地で、不眠不休で働き過労で倒れそうになっている多くの職員を目にしました。避難所になった小中学校の教職員は、更に悲惨でした。精神的に絶えられなくなって自殺に至ってしまった職員がいたことを後で耳にしました。私はこのような悲劇を繰り返したくないのです。備えをしておけばしておくほど、市民の防災力を高めておけばおくほど、災害が起きた時にみなさんが苦しまなくてすむのです。

また、現在、地域防災計画を始め各種の計画やマニュアルが作成中ですが、現状を知らずして作れば、机上の空論になりかねません。
さらに福祉・教育・防災等の職員が、それぞれの立場で被災地での経験ができるとしたら、より実践的な計画やマニュアルづくりに必ず結びつくはずです。

Q7.被災地への職員と市民の派遣について、市長のお考えをお聞かせください。


さて、石巻市では、諏訪市、松江市、松浦市等全国から多くの自治体が駆け付け、「1対1のペアリング支援」を継続して行っていました。


日本学術会議が3月にまとめた「東日本大震災ペアリング支援報告書」によると、都内では5区市が人的支援を、16区市が物的支援を行い、多摩地域の自治体でも、武蔵野市、昭島市、あきる野市が1対1のペアリング支援を行ったと報告されています。
同時に「復興に向けて、被災地ではない市町村が、被災地の特定の自治体と協力関係を結び、互いに顔のみえる持続的支援を行っていく。」などとしたペアリング支援に関する緊急提言を行っています。

私は、2回目の石巻市支援に行った5月に、多くの自治体がペアリング支援を行っている実態を見て、調布に戻ってから、すぐに市長にペアリング支援を提案しました。

Q8.市長は、ペアリング支援の意義と特色をどのようにお考えなのでしょうか。調布市がペアリング支援を行なっていない理由は何でしょうか。都の要請や東京都市長会と一緒ではなく、単独でペアリング支援を行うお考えをお聞かせください。


3月に初めて石巻市の観光協会と商工会議所を訪ねた時、「今は、津波により沿岸部の工場が壊滅状態なので商品がないが、商品が復活してきたら支援をお願いします」と言われました。


被災後、半年が経ち一部ではあるものの、被災地の産業が徐々に復旧・復興し、製品・商品が出回りつつあります。調布市は商工会や青年会議所と連携して被災地支援の物産展を何回か開いてきました。より積極的な展開として今後、常設化・定期化等を含め充実させる考えはないのでしょうか。

また、支援内容は、従来「人・物・金」の3要素と言われてきましたが、新たに「情報」が加わったと実感しています。
インターネットには、「ボランティアに行く」「買って支援する」「子どもを応援する」等様々な支援のページが紹介されています。
被災地の企業に投資をして応援しようという「被災地応援ファンド」といった新たな支援方法も始まっています。
市民の中には、「自分にできる何かの支援をやりたい」と思っている人は大勢いても、具体的な活動に行き着かない人も少なくないはずです。

Q9.だからこそ、支援の情報を市民に紹介することも大切なことではないでしょうか。このような「情報」の分野での支援を含め、今後の市の支援活動についてお尋ねします。


さて、現在、多摩地区31市町村災害時相互応援協定と甲州街道サミット参加12市との大規模災害発生時相互応援協定があるものの、1対1ペアリング支援の協定を結んでいるのは木島平村のみです。

新潟県中越地震で狛江市が自衛隊や警察よりもいち早く川口町に支援に駆け付けたのは、「ふるさと友好都市」に基づく災害支援協定を結んでいたからです。1対1の協定だからこそ、要請が無くても迅速かつダイレクトに支援に行くことができるし、反対に支援がやってくることもできるのです。

武蔵野市は長岡市、酒田市等全国10市町村で構成される「武蔵野市交流市町村協議会」を拠点に、東日本大震災を教訓にした災害時の広域的な相互支援の仕組みづくりを7月につくりました。平成20年第1回定例会での一般質問でお聞きしましたが、その際には「遠距離にある自治体との災害時の相互応援協定は有効に機能するものと考える。今後、相手方となる自治体の選定や支援内容などについて、研究していく」と答弁がありました。3年半経った今でも、まだ研究を続けているのでしょうか。

Q10.できるだけ多くの自治体と災害時相互支援協定を結ぶべきだと思いますが、その考えはないのでしょうか。進まない理由は何なのでしょうか。今後、自治体との支援協定をどうしていくのでしょうか。お考えをお聞かせください。


私の被災からの最大の教訓は「備えあれば憂いなし。災害が起きることは防げないが、被害を減らすことは出来る」です。
だから過去、何回も災害に強いまちづくりにするための具体的な方策について質問してきました。

Q11.改めてお伺いしますが、防災倉庫と備品の充実、耐震貯水槽並びにD級可搬ポンプの充実、救急救命蘇生法と初期消火訓練の普及、家具の転倒防止の推進、携帯電話等による情報収集と伝達方法、MCA無線の充実、以上の点についてどう充実してきたのか、してこなかったのか、お聞きします。

Q12.また、上記の項目を含め、住宅の耐震化率、家具の固定等による部屋の耐震化率、非常時の食糧・飲料水の備蓄量と備蓄率、救急救命蘇生法と初期消火訓練の普及率、防災訓練参加率、東日本大震災発生時の情報収集・伝達手段等、災害に関する実態調査をし、対策に反映することの意義についてどのようにお考えでしょうか。実態調査をするお考えも合わせてお伺いします。

Q13.さらに、災害に強いまちづくりを進めるためには、項目毎の目標設定が不可欠だと思います。平成19年第2回定例会でお聞きした時、市長は「具体的な目標を掲げ、計画の実効性を図る目標を設定し、各部が対策に取り組むことは重要。今回の地域防災計画の修正作業の中で、設定できるものについて検討」とお答えになっています。検討した結果をお聞きかせください。

以上の質問に対する明快なご答弁をよろしくお願いします。



○市長、教育長、危機管理部長の答弁
○市長への再質問
○市長の答弁
○意見・要望
を含めた議事録は約3ヶ月後に出来上がります。

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    Posted by 大須賀 浩裕(おおすが ひろすけ) at 23:03 │市議会