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2013年06月30日

柳川覺治と学校給食

6月26日に9回目の命日(2013.6.26ブログ)を迎えた義父・柳川覺治についてです。


柳川は、昭和25年に文部省入省。
一風変わった官僚として、古墳群等を公園として整備し保存活用する「風土記の丘」整備事業、「子供は風の子太陽の子」をスローガンとした子育ての中の基礎体力つくりなど、ユニークな事業を思いつき、実施して来ました。

そんな柳川が、ことのほか熱心に取り組んだのが、学校給食への米飯給食の導入です。


第2次世界大戦後の学校給食は、アメリカの農畜産業の余剰生産物が中心でした。
当然、主食はアメリカ産小麦から作られるパンです。

「学校給食で子どもたちにご飯を食べさせてあげたい」という柳川の思いは相当のものだったようです。


柳川が学校給食課長を務めていた時のうちのかみさんの思い出です。

当時、「給食にご飯」と言う概念が子どもだった私たちには全く無い上に、パン、ソフト麺などが大好きだった私たち姉妹に、「日本人がご飯を食べないでどうする!」と力説していたが、家では全く相手にしていなかった。

「冷たくなったごはんの給食なんて食べたくないし、ご飯なら家で食べれば良い」と言っていたら、「パンの中にご飯が入っていたらどうだ!」と、言われた。

「あり得ない!もう意見聞かれてもご飯は無い!」と一言で済ませていたが、そのうち、試作品を持って来たface08

アンパンの様な丸いパンの中に、チキンライス、カレーライス、バターライスなどの入ったパンを食べさせられたが、やはりパンとご飯の組み合わせは考えられず、全て却下していた。
無理やり食べさせられる私らは当時は苦痛でもあったicon_maro06

「このパンを、『ごパン』と言って出したら良い」と言い張っていたが、「ダサい!」とこれまた却下icon_bikkuri

当時は、めんどくさいオヤジだ!と思っていた。

それから数年後、中学生の時、一学期に一回のご飯給食が始まり、カレーライスが出る様になった。
その時はもう給食課長では無かったと思うが、「パンと合わせないで最初からこれを考えれば良かったのに・・・」と思ったのを覚えている。

それから何十年、父の唱えた『ごパン』は形を変え「ライスバーガー」として実現、パン屋では、「ごぱん(米粉を使ったパン)」が流行り、給食はご飯メニューが主流になるとは・・・その頃は夢にも思わなかったicon01




柳川の熱意は、初等中等教育局審議官の時にようやく実を結びましたicon_bikkuri
昭和51年(1976年)、学校給食制度上に米飯が正式に導入されることとなったのですface02


(「学校給食」より)

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    Posted by 大須賀 浩裕(おおすが ひろすけ) at 23:01 │今日の出来事