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2013年08月15日

東日本大震災被災地訪問③「石巻市立大川小学校」

16時30分 石巻市立大川小学校を訪れました。


震災当日、大川小の全校児童は108名。
31名の児童は、地震直後に親が迎えに来たりして、学校にはいませんでした(欠席2名、早退1名、下校済み3名、地震後下校25名)。

残っていた児童77名は、教職員11名と共に校庭から次の避難場所への移動中、津波に襲われました。
77名のうち、70名が死亡、3名が行方不明、生存はたった4名でした。
教職員は10名が死亡しました。








大川小の悲劇は、東日本大震災において学校管理下で子どもたちが亡くなった唯一の事例と言われています。

また、釜石東中学校の生徒と共に走って逃げた釜石市立鵜住居(うのすまい)小学校や、下校していて自宅などにいた児童が自主的に避難をして全員無事だった釜石小学校に代表される「釜石の奇跡」と対局にある「悲劇」とされています。


津波が学校を襲ったのは地震が発生してから約50分後。
避難する時間は充分にありました。

しかも、学校のすぐ裏には避難できたであろう「裏山」がありました。
「裏山」と約200m離れている新北上大橋の袂の「高台」(通称「三角地帯」)のどちらに避難するかを、教員と避難して来た近隣住民が校庭で避難開始直前まで議論していたそうです。

結局、「三角地帯」を選び移動し始めた直後、津波に襲われました。
その「三角地帯」も津波に覆われたことを考えると、津波から逃げることのできた場所は「裏山」だけだったのです。



行政と学校の責任が問われています。

2012年12月、大川小の惨事を検証する第三者検証委員会が設置されました。
検証委は、9月28日に第5回を開催し、12月末までに最終報告をまとめる予定です。
「大川小学校事故検証中間とりまとめ」(2013.7.18)


新しい慰霊碑が建てられていました。


津波被害の大川小学校に慰霊碑(NHK)


避難途中の子どもたちが津波に襲われたと思われる場所にひまわりが植えられていました。

東日本大震災:絵本の中で生き続けて 被災の宮城・大川小、亡き子の思い出を母8人が出版(毎日jp)


震災前の大川小と釜谷地区。ここには約140世帯が住み、楽しく幸せな暮らしがありました。


かつての大川小学校ホームページ(現在トップページのみ)




大川小には過去2回(2011年8月と2013年2月)訪ねています。
詳しくはこちらをご覧ください
2011.8/18ブログ「思い出の宝物プロジェクト」2日目/大川小学校
2012.1/22ブログ「大川小学校保護者説明会」
2013.2/11ブログ「「調布から!行こう石巻・女川」3日目」


大川小の被災した校舎を保存するか取り壊すかについては、市民や遺族に様々な意見があり、まだ決まっていないそうです。


女川町の宿に向かいます。

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    Posted by 大須賀 浩裕(おおすが ひろすけ) at 23:03 │今日の出来事東日本大震災・味スタ避難所