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2013年08月16日

東日本大震災被災地訪問2日目⑤ 釜石市「鵜住居地区防災センター」

15時50分 釜石市の鵜住居(うのすまい)地区防災センターに着きました。


家族は初めてですが、私は先月21日に訪ねて以来です。
その時は、釜石消防署鵜住居出張所と消防団第6分団屯所は分かったものの、入り口が別の防災センターには気が付きませんでした。
帰宅してから、防災センターは出張所、屯所との複合施設であることを知りました。(2013.7.21ブログ


防災センターは、海岸線から約1.2 km、鵜住居川から約200mの鵜住居地区の中心部にあります。(地図:鵜住居地区防災センターにおける東日本大震災津波調査委員会「中間報告書」より


「中間報告書」によると、防災センターに避難した近隣住民、施設関係者は244名と推計されています。
生存者は34名しかいないので、210名がここで犠牲になったことになります。
ただし、平成24年11月現在、防災センターに避難しセンター内で身元が確認された犠牲者は69名、防災センターに避難しセンター周辺で身元が確認された犠牲者が27名となっています。

かみさんと娘は建物の中に入るのを嫌がったので、ひとりで防災センターの中に入ります。


防災センターは鉄筋の2階建て。
1階はそのまま津波にのみ込まれました。
天井はすべて剥がれ落ち、骨組みがむき出しになっています。


1階エレベーター


祭壇がつくられていました。












2階に上がります。


案内図がありました。





(「中間報告書」より)



2階ホールから避難室方向。


エレベーター



男子トイレ。天井に津波の跡が。


天井と壁との間に本が挟まっていました。



廊下の天井



第2研修室


2階の天井近くに達した津波の痕跡。残された空間は20cmほど。
このわずかな空間が30数名を救いました。



調理室


窓ガラスの割れ方が津波の威力を語っています。



一番奥にある防災備蓄倉庫


津波の力で天井が上がっています。



最も多くの方が亡くなった避難室(ホール)





祭壇に遺族の手紙が貼ってありました。



私は月命日のたび、この場所に来て居る遺族の一人です。
ここで娘とまだお腹の中にいる孫を亡くしました。
この破壊された建物をみて 手を合せ 多くの方々の尊い命、娘の命は無駄にしてはいけないのではないかと強く思っています。
ここは 私達家族にとって 言い表すことの出来ないほど 辛く嫌な場所です。
それでも、娘に会えるような気がして… 娘と話が出来るような気がして 月命日にはここに来て手を合せています

ところが先日 この多くの犠牲者を出した 防災センターを取り壊しのニュースを見てから 多くの疑問を感じています。
取り壊した娘達の働いていた職場の園舎の時も 何も知らされることなく行なわれたのです。
今度は この防災センターさえも 取り壊しが遺族会から決定されたというニュースを聞きました。

私達も遺族です。
何処に住んでいても遺族です。
どうしてこのような大事なことが 今回もまた一切知らされないまま決まってしまうのでしょうか
遺族の一人として 決まった過程について明らかにしてほしいと思っています。
このような疑問を持っているのは私達家族だけなのでしょうか…。

先日、釜石市長さん 遺族会会長さんにそれぞれ手紙を出していますが 取り上げてさえくれないのではないでしょうか…。
私は、取り壊しには、反対です
津波で破壊されたこの建物を「もの言わぬ語り部」として 永遠に残して欲しいと思っています。

今でも ここに多くの方々が訪れている姿を目にしますが ひと目で防災教育の在り方や大切さを学んで帰って下さっていると思います。
多くの尊い命を犠牲にした防災センターを取り壊して 何もなかったことにしようとしているように思えてなりません
これ程多くの尊い命を無駄にしてはいけない。
この現実を知っていただきたい。
どうか取り壊さず残していただきたいと思います

私たちは、海で生活しています。
今ここで生きていくためにも 同じ過ちは絶対に許されないと思います
私たちと思いを一緒にする方も多くおられると思い遺族の一人として 今 出来ることをしようとして このような手紙を書きました。

平成25年8月12日
大船渡市
寺澤 仲子

(※句読点は原文のまま。住所の後半は略しました。写真は住所後半部分修正)


寺澤仲子さんの長女理香子さん(当時31歳)は、防災センターの隣にあった市立鵜住居幼稚園の臨時教諭でした。
妊娠9カ月で、震災当日は産休前の最後の出勤日。
同僚とセンターに避難し、おなかにいた「陽彩芽(ひいめ)ちゃん」とともに犠牲になりました。
4日前に女の子と分かり、「太陽のように明るく、彩りをもった人生を」との願いを込め、夫浩一さん(44)と名付けたばかりでした。



天井の梁には、津波によると思われる泥の跡が残っていました。






防災センターは、津波の時に避難する1次避難場所ではなく、その後に生活する拠点避難所に位置づけられていました。

なぜ住民は防災センターに避難してしまったのでしょうか。
このような悲劇が起きてしまった原因は何だったのでしょうか。


①釜石市は、消防署鵜住居出張所・消防団第6分団屯所・生活応援センター・地区防災センターを複合施設として整備。施設名称を「鵜住居地区防災センター」とし、平成22年2月1日に開所式を行った。

②それまでの鵜住居地区の津波避難訓練は、鵜住神社境内、常楽寺裏山を津波1次避難場所として実施してきた。

③当時の津波避難訓練の課題は、参加者が少ないこと。その要因の一つは津波1次避難場所までの距離が遠いことにあった。

④近年、三陸沖地震による大津波の発生の確率が高まっている状況下、市や自主防災会は、訓練参加人数を上げることが喫緊の課題と認識していた。

⑤防災センターの改築を機に、自主防災会から、住民の避難行動を促し参加者数を高めるため、防災センターを仮の津波1次避難場所として津波避難訓練を実施したいとの要請があった。

⑥市は、自主防災会と協議し、実際の津波の場合は決められた「津波1次避難場所」に避難することを条件に、防災センターを「仮の津波1次避難場所」として津波避難訓練を実施することを了承した。

⑦防災センターが開所した月の28日、チリで発生した地震による大津波警報が発表された際、防災センターに34人の住民が避難した。

⑧平成22年5月の釜石市津波避難訓練では、68人の住民が防災センターに避難し、津波避難訓練に参加した。

⑨大震災8日前の3月3日の市主催の津波避難訓練では、早朝6時という時間にも関わらず101名もの多くの住民が参加した。


⑩震災直前の3月9日、三陸沖地震地震が発生した際も、防災センターに避難した人がいた。

⑪しかし、このような事態を受けても、市は住民に対し、「津波1次避難場所は鵜住神社境内と常楽寺裏山で、防災センターではない」旨の告知を行わなかった。

⑫3月11日大震災発生後、多くの住民は訓練通り、防災センターに避難してしまった。



※避難場所・避難所等の呼称について
1.津波避難場所
津波注意報、津波警報が発表されたときに一次的に避難する高台などで、1次避難場所、緊急避難場所とも呼ばれる。
2.拠点避難所
大規模な災害が発生し、市が地域に「避難勧告」や「避難指示」を発令したときに、災害内容(規模・地域など)に応じて開設する中・長期の避難生活を前提とした避難所。


屋上に人が立っているのが防災センター。2階部分のほとんどが水没しています。

(写真:以上5枚=「鵜住居地区の津波被害」より)



市の「生存者への聞き取り調査」によれば、防災センターが1次避難場所であると誤って認識している人や、防災センターの完成によって1次避難場所が変更になったと勘違いしている人が少なくありませんでした。

避難訓練で幾度も防災センターを使用する過程で、住民の間に「防災センターが避難場所」という認識が広り、それが相乗効果となって震災当日に多くの住民を防災センターに向かわせる要因となってしまったのです。


一方、全国から視察訪問が相次ぐ中、遺族連絡会や鵜住居地区復興まちづくり協議会などは連名で今年7月8日、防災センターの早期解体を野田武則市長に要望。
解体の是非を検討する「震災メモリアルパーク整備検討委員会」が7月29日に同意し、釜石市は解体することを決めました。

被災当時の姿を残す「震災遺構」として保存を望む声もありましたが、つらい記憶がよみがえるとして解体を求める遺族らの心情に配慮した結果です。
10月にも工事に着手する予定です。

野田市長は「教訓として残すべきだとの議論もあるが、遺族の意思を尊重するとの判断に達した。市の公共施設で多くの尊い命が失われたことは市にも責任があり、申し訳なく思う」と話しています。



<参照>

・動画:釜石市 鵜住居地区の津波被害(テレビ朝日)

釜石市鵜住居地区防災センターにおける東日本大震災津波調査委員会「中間報告書」
鵜住居地区防災センターに関する検証と対策について(釜石市災害対策本部)

訓練で使ったのに…津波にのまれた拠点避難所(読売新聞)
建物消えても「ここで娘と語らう」(毎日新聞)
津波被害:鵜住居地区防災センター解体決まる 岩手・釜石(毎日新聞)
釜石、生死分けた津波避難 明暗(上)(中日新聞)
被害が大きかった釜石市鵜住居は(Business Media 誠)
調査委「市の責任重い」 釜石・鵜住居防災センター(岩手日報)
3.11 462)鵜住居地区防災センター(朝日新聞)



隣接する消防団第6分団屯所を訪ねます。

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    Posted by 大須賀 浩裕(おおすが ひろすけ) at 23:05 │今日の出来事東日本大震災・味スタ避難所