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2016年07月19日

オレンジ色の入道雲/都知事選挙で長友調布市長が増田候補を応援

18時45分 新宿方向に夕日を浴びてオレンジ色に輝く入道雲がface08




19時 自民党調布総支部常任幹事会が布田1丁目の支部事務所で開かれました。

協議事項は「都知事選挙について」。

増田ひろや候補の選挙車が、22日(金)に調布に入ることになりました。
11時30分から調布駅北口で街頭演説会を行います。
※7/21追記:増田ひろや候補は都合により来られなくなりました。候補者の代わりとして、先日の参議院東京選挙区で初当選した朝日健太郎さんが来ます。

また、24日(日)18時30分から文化会館たづくり大会議場で個人演説会が開催されることになりました。

ぜひ参加して、増田ひろや候補の政策をお聞きください。


個人演説会では、長友貴樹・調布市長さんが弁士として応援演説をしてくださる様です。

(当日の式次第より)




長友市長さんは、一昨年の市長選挙で共産党・民主党(当時)・社民党などの支援を受けてご当選なさいましたが、今回の都知事選挙では、増田ひろやさんに出馬要請をなさいました(2016.7.8ブログ)。


また、都知事選挙初日の多摩地区第一声の吉祥寺会場にも駆けつけ、応援演説をしてくださいました(撮影:鈴木宗貴・市議会議員)。



なぜ応援してくださっているのか、今ひとつ分かりませんが、心強い限りです!
  

  • Posted by 大須賀 浩裕(おおすが ひろすけ) at 23:58Comments(0)今日の出来事

    2016年07月19日

    父の命日

    今日は、平成16年7月19日に亡くなった父義春命日です。




    線香をあげに、佐須の実家に行きました。
    母はデイサービスに行っているため不在でした。

    父に線香をあげたとき、ふと父が好きだったコーヒーを入れてあげたくなりました。


    父は、インスタントコーヒーが大好きでした。
    昔は作ってあげていましたが、30年以上前のことです。ほとんど覚えていません。
    お湯を沸かして、コーヒー・クリープ・砂糖の分量を思い出しながら作ります。


    果たして、美味しいコーヒーはできたのでしょうか。



    父、義春は起業家としての人生を過ごしました。

    若くしてコンデンサー部品製造の会社を立ち上げ、景気のいい時には、長野県と青森県に工場を持ち,数百人の従業員がいたようです。
    しかし、コンデンサーがICチップに変わる頃から、業績は下降線をたどる様になりました。

    その後、第一線を退くと、引退するどころか、常に新しい事業に挑戦し始めます。

    「無臭ニンニクの健康食品」「自転車の立体駐輪場」「庭でのゴルフ練習セット」などを次から次に手がけては、うまく軌道に乗ることができないまま失敗していました。

    振り帰って考えてみると、目の付けどころとアイデア自体は良いものの、販売するところがうまくいかなかったようです。

    ガンになり、病院のベッドに寝ていても何か事業を手がけてみたい意欲を見せていました。

    失敗に懲りず常に新たなことにチャレンジしていた父の起業家精神には心から敬服します。


    また、正義感が人一倍強い、変わり者でもありました。

    全国規模の道徳団体を相手に、「本人に無断で入会しているやり方がおかしい」と、一人で抗議をしに行ったこともありました。

    ある老人クラブに入っていた時のことです。
    クラブの親睦旅行がありましたが、会長さんは参加費を払わずに無料で参加していたそうです。
    日頃、会の面倒を見ているので、そのご褒美といったところでしょうか。
    父だけが「日頃の努力には敬意を表するが、参加費をただにするのはおかしい!」と指摘しました。
    「明確にすべき」と申し入れたものの、「不明瞭であっても事を荒立てないでもらいたい」とする人たちが圧倒的に多く、結果的にクラブを追い出されてしまったこともありました。


    仕事で家にほとんどいない父でしたが、子どものことには一所懸命でした。

    姉が小さい頃、風邪で高熱を出しました。
    ちょうど、冬の寒い時期でしたが、父は家の中の、窓の端など風が入り込むところをすべて目張りをして、外の冷たい空気が入らないようにしていました。
    目張りをしている父の後ろ姿を未だに忘れません。


    子どもには厳しかったですが、孫にはむちゃくちゃ甘い父でした。



    父の父、祖父変わり者だった様です。

    父から聞いた話ですが、祖父がまだ若く、戦前の食糧難の時代のことです。

    村(長野県小海町のある村)の1軒の農家に野菜泥棒が入りました。
    村中の多くの人が、ある青年が犯人だと指摘しました。
    日頃、村中から馬鹿にされている人でした。

    「証拠がないのに決めつけるのはおかしい」と祖父だけが反対しましたが、その結果、祖父は村八分になってしまったのです。

    しばらくして、真犯人が見つかりました。
    真犯人は、その青年を一番先に犯人だと指摘した青年団のリーダーだったそうです。

    祖父の行いは、勇気と信念がなければ取れない行動です。


    父も祖父も変わり者で、ある意味、孤高の人だった言えるのかも知れません。
    私は2人の血を引いていることに誇りを持ちます。


    たとえ変わり者と言われようとも、正しい道をぶれることなく、歩んで行きたいと思います。
      

  • Posted by 大須賀 浩裕(おおすが ひろすけ) at 23:57Comments(0)今日の出来事